東京高等裁判所 平成11年(行コ)192号 判決 2000年9月12日
控訴人
甲
右訴訟代理人弁護士
坂本誠一
山下清兵衛
坂本広身
吉田和夫
増田浩千
根岸清一
長屋憲一
花輪弘幸
青木優子
被控訴人
日本橋税務署長 堀之内建二
右指定代理人
藏重有紀
磯野宏
高橋勝茂
萩原美佳
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴の趣旨
原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人に対して平成五年七月二三日相続開始に係る相続税の更正の請求について平成七年六月三〇日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分(ただし、同年一一月二七日付け異議決定処分により取り消された後のもの)を取り消す。
二 事案の概要
次のように当審における控訴人の主張を加えるほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるので、これを引用する。ただし、三頁八行目の「確定申告」を「申告」、一三頁一行目の「一連に宅地」を「一連の宅地」に改める。
(当審における控訴人の主張)
1 固定資産税評価額上の格差
本件宅地の平成五年度の固定資産税課税標準額は、固定資産税について二五二七万三三〇〇円、都市計画税について五三三〇万一八〇〇円であり、一平方メートル当たりの価格は約九五万五〇〇〇円である。これに対し、被控訴人鑑定書が採用する事例地三の土地の固定資産税課税標準額は、固定資産税及び都市計画税とも一億八一五八万九六〇〇円であり、一平方メートル当たりの価格は約一四一万九〇〇〇円である。その価格差は四六万四九〇〇円であり、格差率は三二・七四パーセントである。そうであるのに、本件宅地との差が六パーセントにすぎないとした被控訴人鑑定書は、不当である。
2 本件宅地の路線価の下落率による算定
(一) 本件宅地の路線価(一平方メートル当たり)は、次のとおりである。
平成四年度 五〇九万円
平成五年度 三七七万円(平成四年度より約二六パーセントの下落)
平成六年度 二五六万円(平成五年度より約三二パーセントの下落)
(二) (一)の路線価の推移を基にして、平成四年から平成六年にかけての下落率を概算で年間三〇パーセントであるとした場合、月間の下落率は、二・五パーセントになる。そして、この下落率によって路線価の時点修正をすると、本件相続開始時である平成五年七月末の時点では、三一一万〇二五〇円になる。この数値は、控訴人鑑定書の数値三一一万〇二五〇円に近似する。これを上回る被控訴人鑑定書は、不当である。
3 路線価と時価の逆転現象の事例の追加
次の土地は、路線価を下回る価格で取引がされた。
(一) 東京都中央区日本橋蛎殻町
宅地 一四〇・四九平方メートル
平成五年度の路線価は一平方メートル当たり三一九万円であったが、取引価格は一平方メートル当たり一九一万五三七二円であった。
(二)(1) 東京都中央区日本橋浜町
宅地 一三一・八六平方メートル
(2) 同番二
宅地 一〇八・〇六平方メートル
右二筆の土地は、平成五年度の路線価が一平方メートル当たり三九四万六〇〇〇円であったが、取引価格は一平方メートル辺り三四三万六三九六円であった。
三 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三当裁判所の判断」のとおりであるので、これを引用する。なお、次のとおり理由を補充する。
1 固定資産税評価額上の格差
固定資産税の課税標準額は、地方税法三四九条の三の二に規定する特例及び地方税法附則一八条に規定する特例を適用した後の価格であるため、基準年度の土地の価格である固定資産税評価額とは相違している。控訴人が算定した一平方メートル当たり約九五万五〇〇〇円は、本件宅地の一平方メートル当たりの価格ではなく、課税標準額である(甲第一〇二号証)。
平成五年度の本件宅地の固定資産税評価額は、土地台帳に記載された東京都中央区日本橋蛎殻町の土地の価格一五六万九一〇〇円と同二の土地の価格五六八二万一三〇〇円との合計五八三九万〇四〇〇円である(甲第五三号証の一、二)から、一平方メートル当たりの固定資産税評価額は七一万円である(面積合計八二・二四平方メートル)。
他方、平成五年度の被控訴人鑑定事例地三の固定資産税評価額は、一億八一五八万九六〇〇円である(甲第一〇三号証の一)から、一平方メートル当たりの固定資産税評価額は七一万円である(面積二五五・七六平方メートル)。
したがって、本件宅地も被控訴人鑑定事例地三も、共に一平方メートル当たりの固定資産税評価額が同額であり、右の両土地の間には、控訴人が主張する固定資産税評価額上の格差はない。
2 路線価の下落率による算定
前記引用の原判決が説示するとおり、路線価は、売買実例価格、公示価格、精通者意見価格等を基として評定されるが、評価上の安全性を考慮して、公示価格の約八〇パーセントの水準を目途として設定されている。したがって、路線価から客観的時価を算出するには、路線価を〇・八で割り戻した金額を基準とすべきである(乙第三〇号証)。そうすると、本件宅地の平成五年度の路線価三七七万円を〇・八で割り戻した四七一万二五〇〇円が平成五年一月一日時点における客観的時価に近似するものであり、これに控訴人の主張する下落率をあてはめて時点修正をすると、相続開始時の価格は三八八万七八一三円になる。これは、被控訴人鑑定書の評価額三八七万八八九〇円に近似する。したがって、被控訴人鑑定書が不当ということはできない。
3 路線価が時価を上回る逆転現象
(一) 甲第一〇六号証、乙第三一号証によると、(1)東京都中央区日本橋蛎殻町の土地は、乙が所有していたものであること、(2)平成五年当時、乙が経営していたA株式会社の業績が思わしくなく、また、同人が体調を崩して会社を休んでいる間に社員による使い込みがあったこと、会社や個人の借入金の返済の必要があったこと、同人が高齢(八〇歳)で会社経営等がストレスの原因になったことなどから、同人は、右土地等を売却して会社を清算することにしたこと、(3)そして、同人は、平成五年八月(登記原因では同年一〇月)、右土地及び地上建物をB株式会社に売却したこと、(4)同人は、右土地等の売却の際、ストレスをためないため、早期に売却ができるならば売却価格が相場より安くても構わないとの思いであったことが認められる。
右事実によると、右土地の取引事例は、乙が売り急いでいたため、付近の相場よりも低い価格で取引がされたと推認される。したがって、右取引価額が時価ということはできない。
(二) 乙第三四号証の一、二、第三五号証によると、(1)東京都中央区日本橋浜町の土地は、丙外二名が共有していたものであり、右土地上の建物は、借地人株式会社C(後にD株式会社に所有権移転)が昭和四七年に建築したものであること、(2)右建物には、極度額合計一一億円余の根抵当権及び二〇〇〇万円の抵当権が設定されていたところ、平成五年六月一一日付けで東京地方裁判所の特別清算の保全処分の登記がされ、同年一〇月二九日に株式会社Eに売却され、右根抵当権設定登記等も、同日、抹消登記がされたこと、(3)丙ら共有の右土地にも、右と同様の根抵当権設定登記等がされていたが、平成五年一〇月二九日に右Eに売却され、根抵当権設定登記等の抹消登記がされたことが認められる。
以上によると、右Dは、特別清算により債務を弁済する必要に迫られ、右建物を譲渡したものであり、右土地にも同様の根抵当権設定登記等がされていたことからすると、丙らも、同様の理由により、右土地を売却する必要に迫られていたと推認される。そうすると、右土地の取引事例は、客観的交換価値を反映したものとは認められない。
(三) 原判決が説示するとおり、宅地の相続税評価額を路線価方式によって評価することは、一応の合理性があり、路線価方式による評価額が時価を上回ることが明らかであると認められる場合にのみ例外的に路線価方式によることが違法である。そして、本件宅地以外の取引事例の中に路線価方式による評価額が取引額を上回るものがあったとしても、このことから直ちに本件宅地の路線価方式による評価が違法になるわけではない。そして、本件宅地の時価が路線価方式による評価額を上回る以上、控訴人が路線価との逆転現象の事例を指摘してみても、本件の評価が違法になるものではない。
4 その他
控訴人は、被控訴人鑑定書についてるる非難するが、原判決が説示するとおり、右鑑定は、取引事例について道路幅、系統による地域による地域要因格差の修正等が適切にされており、不合理ということはできない。乙第二九号証によると、被控訴人鑑定書において想定されている月額支払賃料も、東京都中央区日本橋蛎殻町に所在する事務所の賃貸事例を参考にして算出したものであることが認められるから、何ら不当ではない。
四 よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 原田敏章 裁判官 春日通良)